⑥【漫画ブログ】地獄のような精神病棟からの退院と残された心の傷とは?

漫画ブログ地獄のような精神病棟からの退院と残された心の傷とは? 【漫画解説】発達障害体験談

永遠に続くのではないかと思われた入院生活も、ついに終わりがやってきました。

地獄のような精神病棟からの退院

私が併設の学校を卒業することになったので、それと同時に精神病院から退院できることが決まったのです。中学2年生の終わりごろから入院していたので、まるまる一年たっていました。

地獄のような精神病棟からの退院
地獄のような精神病棟からの退院その2

退院にあたって母は担当医にお礼を言いました。しかし私は入院をやたら長引かせて、私の心をめちゃくちゃにした担当医にお礼などとても言えませんでした。

しかもこの医者は私にいろいろな検査をして、発達障害ではないと誤診をしていました。この病院で受けたストレスによるPTSDや解離の症状とともに、発達障害でないと言われたことも、これからの人生でさらなる苦しみにつながって行くのです。

14歳の心に残ったPTSDと解離

併設の学校に通わせるという目的で、長い入院生活の果てにようやく退院できた私でしたが、心には深い傷が残りました。

14歳の心に残ったPTSDと解離

私は入院生活が辛くて仕方ありませんでした。

しかし親、親戚誰もが一様に、私が学校に通えたから、入院して良かったと言い続けました。だれも長く入院して辛かったねとは言ってくれませんでした。

特に父親に関しては、逆らったりすると怒鳴る癖があり、少しでも入院が辛かったなどと言おうものなら、「学校に通わせてもらってよかったじゃねーか!」と怒鳴り返してくるので、私は何も言えませんでした。

そして、入院が辛かったという気持ちは、誰にも理解されず、言うこともできず、癒されることもなかったため。入院生活の記憶はそのまま心の底に沈めたのです。そして、自分でもこれが、解離PTSDの原因になっていると気づくことはありませんでした。

入院生活が原因でPTSDになっていると気づかれたのは、10年以上経ったあとの、発達障害専門医に診察してもらっている時でした。私は、そのとき、はじめて他人から、あの入院が不適切だったと、入院生活が辛かっただろうと認めてもらえたのです。
そしてそれからカウンセリング等の治療をうけることで私の解離PTSD症状を格段に良くすることができたのです。

ここまで見ていただきありがとうございました。次回からは、一転変わって卒業後に入学した定時制高校の話です。

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