⑨勉強だけできれば幸せになれる

勉強だけできれば幸せになれる 【漫画解説】発達障害体験談

⑧私の高校生活(友達ができない、美術への挫折)で好きだった美術方面で圧倒的な実力差を見せつけられた私は、それからすっかり絵で仕事をしようという将来の夢を失くしてしまいます。

勉強は得意?

そんな時ふと感じた、私って結構勉強得意なんじゃないの⁉という思いは、どんどん私を暴走させていきます。

私の通っていた定時制高校は入試倍率こそ1以上ありましたが、偏差値はおよそ37、学生も元不登校児や中退歴ありなどばかりでしたので、授業は勉強ができない子用のカリキュラムでした。
だから当然簡単なのですが、そこで自分は周りに比べてなんでもすぐ理解できるような気がすることに気づいたのです。

勉強への傾倒

美術方面への自信を失っていた私、コミュニケーションもうまく取れなくて友達ができない私、体力がなくていつも疲れ切ってる私が、唯一できることが勉強なんじゃないかと思いました。そして…

勉強さえできれば理想の楽園に行ける、幸せになれる!と思い込んだのです。


未診断の発達障害のせいで、いろいろなことが人より何だか上手くいかない自分は、唯一得意な気がする勉強さえしていれば幸せになれる!という夢に救いを求めたのでした。
実際は社会では、勉強ができる才能だけでは働いていくことは難しく、発達障害で能力の凹凸が激しいのに学歴だけあってもかえって苦しむようなこともあるのに、そんなことは、その年の頃の私が分かるわけもありませんでした…。

そして、私は勉強へのめりこむようになります。

がり勉

勉強さえできれば幸せになれるのではないかと思い込んだ私は、さっそくがり勉を始めます

漫画

まず自主的に不登校で勉強していなかった部分から勉強を始めました。そしてひたすら勉強したらあっという間に学校の授業のレベルに追いついてしまいました。

定時制高校から大学受験

前回記述した通り、私の通っていた高校は勉強ができない子用のカリキュラムでした。そして、授業は生徒に最低限の学習をさせて卒業させるのが目的で、大学に受験で入るなどという勉強のレベルには全く対応していなかったのです。
そのため、すぐに私には物足りなくなり、もっと別のところで難しい勉強を習いたいと思うようになりました。

そこで私は、両親にもっと勉強したいと訴えました。最初、両親は驚いていましたが、この前まで不登校だった娘がもっと勉強したいなどというのは大変喜ばしく感じたのでしょう、結果的に結構なお金をかけてプロの家庭教師に週に2回来てもらうことにしました。

家庭教師にしたのは、田舎だったので周りに大学受験用の予備校、塾などがあまりなかったことと、街中の大規模な予備校に通うのと比べて、高校から帰ったら疲労でぐったりしてしまう私の体力を消費しにくい方法だったからです。

こうして、勉強さえできれば幸せになれると思い込んだ私は、周りのサポートもあり大学受験へと舵を切るのです。根本的に勘違いをしたまま…

夢を見続ける

大学受験という新たな目標を得た私は、前向きに進んでいるように見えたかもしれません。
しかし今思うと、私は非現実的な夢を見続けていただけで、それがたまたま高校生がよく持つ目標である大学受験にかみ合っただけのように感じます。

私は高校生になっても、心はPTSDになった時のまま、解離を起こし、夜は常に希死念慮に囚われていました。

また、学校生活でも友達もいないし、さまざまな発達障害によるうまくいかなさを抱えていました。

そんな時私の心にスッと入ってきて心地よい夢を見させ続けたのが「勉強して良い大学に行けば幸せになれる」だったのです。

漫画

私は夢を見続けました。

なぜか人より上手くできないことがある、コミュニケーションが苦手、いつも疲れやすくて体力がない、そんな社会に出ると困難になるような自分の持つ要素は全部忘れて、ひたすら勉強したら幸せになれると夢を見続けました。

今思うと、これも強制的な入院生活が引き起こした「解離」の引き起こした症状だったような気がします。明らかに現実と空想の区別がついていませんでした。しかし、周りもむしろ勉強するのは良いことともてはやし、異常なことだと気づくものはいませんでした。

そして私は大学受験を終えるまで、この夢を見続けるのです。

ここまで見ていただきありがとうございました。次回は2年生に進級です。

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